大沢バイブルチャーチ

礼拝について

2017.02.12 週報 No17-07

今週のみことば

こうしてキリストが、あなたがたの信仰によって、あなたがたの心のうちに住んでいてくださいますように。また、愛に根ざし、愛に基礎を置いているあなたがたが、
エペソ3章17節<新改訳>

次週、2月19(日)礼拝後、教会総会を開きます。
2017年度の予算についての教会総会です。
教会にとって大事な総会ですので教会員の方はよろしくお願いします。

風邪・インフルエンザ等で休まれている方がいます。
お互いに健康に留意して歩みましょう。

内住のキリスト

礼拝のあり方について、最近考えています。
牧師のお話を聞く・・それも大切なことですが、それが中心ではありません。
一人一人が心から創造主なる神様を崇め、賛美するときです。
クリスチャン生活の中心であり、土台となるもの、そして様々な教会における働きの中心に「礼拝」があります。

あなたがたは、人を再び恐怖に陥れるような、奴隷の霊を受けたのではなく、子としてくださる御霊を受けたのです。私たちは御霊によって、「アバ、父。」と呼びます。
ロマ8章15節<新改訳>

創造主なる神様を……アバ父よ。とお呼びする。

ここにあるアバ父……という言葉は、イエス様によって、また聖霊によって、神様を最も親しく幼子の如くに『アッバ』(アラム語で幼児が父を呼ぶときの言葉)と呼ぶことがゆるされています。
神様を畏れ敬うと同時に、礼拝は母の懐に憩う幼子の如く、深い安息の時と場でもあるのです。

ですから、「礼拝」は、畏れ(恐れ=恐怖ではありません)敬虔な思いを持って、パパに甘える幼児のごとくに親しく神様の前に礼拝を捧げることです。

賛美するときには、心からの賛美を捧げます。

祈るときには、隣の人を、気にしないで、真心からの自分の祈りを捧げます。
他の人の祈りには「アーメン・真実・私もその通りです」と祈りに同調します。

そして、開かれる聖書の言葉を「神の約束の書・聖書の言葉」として受け入れます。

礼拝を守れること=それ自体、大きな神様からの恵みです。

健康が許されないと礼拝を守れません。
また、家族等に病人がでたり、用事があったりするときも礼拝を守れません。

礼拝を守れること、それ自体が、神様からの大きな恵みなのだという単純な恵みを、年が加わるごとに、感じています。

地上で生きている限り「礼拝」を守る事をクリスチャン生活の中心において生きていると必ず大きな大きな祝福が備えられています。
「礼拝」を守る事を信条として生きていきましょう。
必ず、そこに大きな祝福が待っています。
「礼拝」を守る事を信条としないと、諸々の事で時間を奪われ、礼拝を守る恵みの時をサタンに奪われます。

礼拝への招き

あなたがたは今まで、何もわたしの名によって求めたことはありません。求めなさい。そうすれば受けるのです。それはあなたがたの喜びが満ち満ちたものとなるためです。
ヨハネ16章24節<新改訳>

祝福の祈り

『主があなたを祝福し、あなたを守られますように。
主が御顔をあなたに照らし、あなたを恵まれますように。
主が御顔をあなたに向け、あなたに平安を与えられますように。』
民数記6章24-26節<新改訳>



14 こういうわけで、私はひざをかがめて、
15 天上と地上で家族と呼ばれるすべてのものの名の元である父の前に祈ります。
16 どうか父が、その栄光の豊かさに従い、御霊により、力をもって、あなたがたの内なる人を強くしてくださいますように。
17 こうしてキリストが、あなたがたの信仰によって、あなたがたの心のうちに住んでいてくださいますように。また、愛に根ざし、愛に基礎を置いているあなたがたが、
18 すべての聖徒とともに、その広さ、長さ、高さ、深さがどれほどであるかを理解する力を持つようになり、
19 人知をはるかに越えたキリストの愛を知ることができますように。こうして、神ご自身の満ち満ちたさまにまで、あなたがたが満たされますように。
20 どうか、私たちのうちに働く力によって、私たちの願うところ、思うところのすべてを越えて豊かに施すことのできる方に、
21 教会により、またキリスト・イエスにより、栄光が、世々にわたって、とこしえまでありますように。アーメン。
エペソ3章14-21節<新改訳>