大沢バイブルチャーチ

キリストの体なる教会

2017.03.12 週報 No17-11

今週のみことば

ご自身で、しみや、しわや、そのようなものの何一つない、きよく傷のないものとなった栄光の教会を、ご自分の前に立たせるためです。
エペソ5章27節<新改訳>

3月の誕生者祝福の時を持ちます。イエス様の祝福を祈ります。

17(金)18(土)オリーブ聖会、講師は岩井基雄牧師です。ご参加ください。

病める方々の為に、覚えてください。

パウロの結婚観と教会観

31 「それゆえ、人はその父と母を離れ、妻と結ばれ、ふたりは一心同体となる。」
32 この奥義は偉大です。私は、キリストと教会とをさして言っているのです。
エペソ5章31-32節<新改訳>
教会の結婚式の時に必ず読まれる聖書箇所です。
パウロは、結婚と教会。この二つの関係を同列に取り扱っています。
結婚って不思議なものです。全く他人であった二人が、ある時をきっかけに、生みの親である父母を離れて結ばれ、兄弟よりも誰よりも、長い間一緒に生活をするのです。
この関わりをパウロは、「キリストと教会」の姿になぞらえています。

教会の首(かしら)であるキリスト・夫と妻の関係

○○先生の教会とか、何町にある教会とか、よく呼びますが、すべての教会は主イエス・キリスト様の教会(体)なのです。

まず第一にすべてのクリスチャンは、この教会観・認識をしっかりと持つ必要があります。

ですから、クリスチャンは教会(キリストの体に連なる枝)として首なるキリストに結びついて、イエス様のみことばに耳を傾け、イエス様がどのように思っているのか?イエス様の御心はどうなのかを優先しながら生きることが大切です。

そこに教会の秩序が保たれます。

夫婦の関係・夫は妻のかしら……とあります

牧師は教会の主管者とされています。神様の前にはすべての人は平等です。でも教会の管理運営について責任ある立場を任せられています。教会の運営上のこと、会計のこと、様々な問題について、その責を最終的に負う立場にあります。

家庭の中で、「夫は妻のかしらです」というのは、男が偉いのか女が偉いのか?の問題ではなく、家庭における秩序・立場の問題です。

だから、妻は夫に従え……というのは、立場上の倫理です。

教会が主イエスに従うように、とありますが、夫たる男の立場はなんと難しい立場でしょうか?

しかもキリストが教会を愛したように……ですよ。

誰がこの人に堪えんや?です。子どものこと、家庭内のこと、みんな奥さんに譲ってしまったほうが、ずっと楽ちん?ですね。

夫たる男性諸君、子育ても子供の教育も、しつけも、丸投げで奥さん任せにしていませんか?教会の秩序と共に考えよう。

家庭における「かしら」たる立場と自覚をもって、教会のかしらなるイエス様に従いながら歩んでいきましょう。

礼拝への招き

詩と賛美と霊の歌とをもって、互いに語り、主に向かって、心から歌い、また賛美しなさい。
エペソ5章19節<新改訳>

祝福の祈り

『主があなたを祝福し、あなたを守られますように。
主が御顔をあなたに照らし、あなたを恵まれますように。
主が御顔をあなたに向け、あなたに平安を与えられますように。』
民数記6章24-26節<新改訳>



22 妻たちよ。あなたがたは、主に従うように、自分の夫に従いなさい。
23 なぜなら、キリストは教会のかしらであって、ご自身がそのからだの救い主であられるように、夫は妻のかしらであるからです。
24 教会がキリストに従うように、妻も、すべてのことにおいて、夫に従うべきです。
25 夫たちよ。キリストが教会を愛し、教会のためにご自身をささげられたように、あなたがたも、自分の妻を愛しなさい。
26 キリストがそうされたのは、みことばにより、水の洗いをもって、教会をきよめて聖なるものとするためであり、
27 ご自身で、しみや、しわや、そのようなものの何一つない、きよく傷のないものとなった栄光の教会を、ご自分の前に立たせるためです。
28 そのように、夫も自分の妻を自分のからだのように愛さなければなりません。自分の妻を愛する者は自分を愛しているのです。
29 だれも自分の身を憎んだ者はいません。かえって、これを養い育てます。それはキリストが教会をそうされたのと同じです。
30 私たちはキリストのからだの部分だからです。
31 「それゆえ、人はその父と母を離れ、妻と結ばれ、ふたりは一心同体となる。」
32 この奥義は偉大です。私は、キリストと教会とをさして言っているのです。
33 それはそうとして、あなたがたも、おのおの自分の妻を自分と同様に愛しなさい。妻もまた自分の夫を敬いなさい。
エペソ5章22-33節<新改訳>