日光市のキリスト教会 大沢バイブルチャーチ

クリスチャンと呼ばれた最初の人たち

2017.09.10 週報 No17-37

今週のみことば

そして、主の御手が彼らとともにあったので、大ぜいの人が信じて主に立ち返った。
使徒11章21節<新改訳>

次週、9月17日(日)は、献堂15周年記念礼拝です。持ち寄りで会食会をします。また高齢者祝福も行います。

病める方々や礼拝をしばらく休んでいる方々のために、続いて、お祈りしましょう。

キリスト者と呼ばれた

キリスト教信徒の呼び名を昔は、耶蘇と呼ばれていました。
耳さわりの良い言葉ではありませんね。

クリスチャン……これは何となく良い感じの呼び名です。
アンテオケの教会は様々な人たちが集まりました。
エルサレムから500kmほども離れたこの街で、様々な人々が信徒になりました。

人はみんな異なり、みんな違うのです。
でも、イエス様はその異なる私たち一人一人をそれぞれに応じて主の働きのために用いられます。

そのアンテオケ教会の働きに貢献した人々から学びます。

アンテオケに誕生した最初の異邦人教会:使徒11章

キプロス人とクレネ人の信仰について

アンテオケ教会の発展に大きな貢献をしました。
派遣されたバルナバとパウロの働き。
神様は様々な人を用いて神の働きを進めます。

クリスチャンと呼ばれるようになった。

イエス・キリストを信じる弟子たちがここで初めてキリスト者、クリスチャンと呼ばれるようになりました。

キリスト者、クリスチャンという呼び名は、あだ名でした。
キリストのもの・キリストに属しているもの、の意味です。
何をするにもキリスト中心の生活をしていたのでしょう。
26 彼に会って、アンテオケに連れて来た。そして、まる一年の間、彼らは教会に集まり、大ぜいの人たちを教えた。弟子たちは、アンテオケで初めて、キリスト者と呼ばれるようになった。
使徒11章26節<新改訳>

アンテオケ教会が行った愛のわざについて

遠いエルサレムの教会のために援助をした。
自分中心の生活ではなく、周りの人々に愛の目を注いで生きていました。
それは今の時代でも同じです。神は今の時代でも、このような人たちを備えておられるのではないでしょうか。
それはもしかすると私たち一人ひとりかもしれません。
しかし、それがだれであっても、そういう人には共通した特徴があります。それは21節にあるように、主の御手が彼と共にある。ということです。
21 そして、主の御手が彼らとともにあったので、大ぜいの人が信じて主に立ち返った。
使徒11章21節<新改訳>
29 そこで、弟子たちは、それぞれの力に応じて、ユダヤに住んでいる兄弟たちに救援の物を送ることに決めた。
使徒11章29節<新改訳>

礼拝への招き

起きよ。光を放て。 あなたの光が来て、主の栄光があなたの上に輝いているからだ。
イザヤ60章1節<新改訳>

祝福の祈り

『主があなたを祝福し、あなたを守られますように。
主が御顔をあなたに照らし、あなたを恵まれますように。
主が御顔をあなたに向け、あなたに平安を与えられますように。』
民数記6章24-26節<新改訳>



19 さて、ステパノのことから起こった迫害によって散らされた人々は、フェニキヤ、キプロス、アンテオケまでも進んで行ったが、ユダヤ人以外の者にはだれにも、みことばを語らなかった。
20 ところが、その中にキプロス人とクレネ人が幾人かいて、アンテオケに来てからはギリシヤ人にも語りかけ、主イエスのことを宣べ伝えた。
21 そして、主の御手が彼らとともにあったので、大ぜいの人が信じて主に立ち返った。
22 この知らせが、エルサレムにある教会に聞こえたので、彼らはバルナバをアンテオケに派遣した。
23 彼はそこに到着したとき、神の恵みを見て喜び、みなが心を堅く保って、常に主にとどまっているようにと励ました。
24 彼はりっぱな人物で、聖霊と信仰に満ちている人であった。こうして、大ぜいの人が主に導かれた。
25 バルナバはサウロを捜しにタルソへ行き、
26 彼に会って、アンテオケに連れて来た。そして、まる一年の間、彼らは教会に集まり、大ぜいの人たちを教えた。弟子たちは、アンテオケで初めて、キリスト者と呼ばれるようになった。
27 そのころ、預言者たちがエルサレムからアンテオケに下って来た。
28 その中のひとりでアガボという人が立って、世界中に大ききんが起こると御霊によって預言したが、はたしてそれがクラウデオの治世に起こった。
29 そこで、弟子たちは、それぞれの力に応じて、ユダヤに住んでいる兄弟たちに救援の物を送ることに決めた。
30 彼らはそれを実行して、バルナバとサウロの手によって長老たちに送った。
使徒11章19-30節<新改訳>