日光市のキリスト教会 大沢バイブルチャーチ

神の勝利

2017.10.29 週報 No17-44

今週のみことば

万軍の主の熱心がこれを成し遂げる。
イザヤ9章7節<新改訳>

本日、関根牧師は久喜キリスト教会・特別集会に奉仕しております。大沢チャーチの礼拝は畠山憲夫兄がご奉仕してくださいます。お祈りください。

明日の月曜礼拝は関根牧師が奉仕します。

人生の辻褄を合わせる神

年を取って時々思うことがある。
世の中の多くの人は(神なし・神を認めないまま)で生きている。
これは、ある意味において、すごいなーと思う。
なぜなら、神なしで生きることは、想像つかないほど大変なものだと思うからである。
人生・・様々な問題が起こっている。
問題の無い人生は無い。人間関係・経済の問題。病気の問題。
その他諸々の問題の中に生きている。

私は、22歳の時に初めて教会に行き,それがきっかけで初めて聖書にふれ、創造主なる神を知り、神無き人生から、創造主なる神を知る人生になった。
以来、66年過ぎた。もしあの時に,救い主イエス様に出会っていなかったらこの長い年月、様々な人生の荒波をどのように乗り越えてきたのだろう?と思うと怖くなる。
様々な問題の時に、打ちつぶされそうなときも屡々あった。
でも、そんな時に、しっかりと目を天に向けて、「天のお父様」と心の底から呼び求め祈る事が出来た。
そして、決して神様は裏切らないお方であり、解決の道を開いてくださり、心に平安を与えてくださった。

私の妹が9月に天に召された。享年84歳の人生であった。
葬儀の時に、妹の遺書が読まれた。
妹は、私の後について教会に行き、若いときに洗礼を受けた。
そして結婚し、二人の男の子が与えられた。
だが、長男が3歳次男が生後8ヶ月の時に夫が急に亡くなった。
途方に暮れて涙の日々を過ごしている時,ある牧師さんが「光子さん、神様が、あなたの人生の辻褄を合わせてくださいますよ。」と励ましてくださった。

以来、50年あまりの月日が過ぎ、80歳も過ぎた。
人知れぬ困難な中に、涙の日々もあった。
二人の子どもを育て何度も行き詰まった事もあった。しかし、しみじみと思ったことは、人生の終わりに、貧しい中にも立派に成長した二人の子どもに愛され、嫁さん達によくして貰い、幸福な老後を過ごしていられる事を感謝した。
神様は苦労の多かった私の・人生の辻褄・を合せてくださったと痛切に思う老後でしたとあった。

礼拝への招き

あなたがたのうちに良い働きを始められた方は、キリスト・イエスの日が来るまでにそれを完成させてくださることを私は堅く信じているのです。
ピリピ1章6節<新改訳>

祝福の祈り

『主があなたを祝福し、あなたを守られますように。
主が御顔をあなたに照らし、あなたを恵まれますように。
主が御顔をあなたに向け、あなたに平安を与えられますように。』
民数記6章24-26節<新改訳>



1 ヒゼキヤ王は、これを聞いて、自分の衣を裂き、荒布を身にまとって、主の宮に入った。 2 彼は、宮内長官エルヤキム、書記シェブナ、年長の祭司たちに荒布をまとわせて、アモツの子、預言者イザヤのところに遣わした。 3 彼らはイザヤに言った。「ヒゼキヤはこう言っておられます。『きょうは、苦難と、懲らしめと、侮辱の日です。子どもが生まれようとするのに、それを産み出す力がないのです。 4 おそらく、あなたの神、主は、ラブ・シャケのことばを聞かれたことでしょう。彼の主君、アッシリヤの王が、生ける神をそしるために彼を遣わしたのです。あなたの神、主は、その聞かれたことばを責められますが、あなたはまだいる残りの者のため、祈りをささげてください。』」 5 ヒゼキヤ王の家来たちがイザヤのもとに来たとき、 6 イザヤは彼らに言った。「あなたがたの主君にこう言いなさい。 主はこう仰せられる。『あなたが聞いたあのことば、アッシリヤの王の若い者たちがわたしを冒瀆したあのことばを恐れるな。 7 今、わたしは彼のうちに一つの霊を入れる。彼は、あるうわさを聞いて、自分の国に引き揚げる。わたしは、その国で彼を剣で倒す。』」
イザヤ37章1-7節<新改訳>